2017年ばらんすだより
Vol.3 「心身の自由度を高めるコツ」
こんにちは! 池袋バランス力学整体院の山本浩一朗です。
先日は母の日でしたね。今の日本で行われている母の日のスタイルはアメリカから由来していると言われています。アメリカの女性運動家が、戦争に我が子や夫が送り込まれることに反対する運動を続け、その1人の娘さんが母親の功績をたたえて、世の母親すべてを敬う日として「母の日」を思いついたことが始まりだそうです。
ちなみに、5月5日・こどもの日は、国民の祝日に関する法律によると「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝すること」が趣旨になっています。5月は母を敬い感謝する月なのでしょうかね。
私の個人的な意見としては、5月だけ無理に感謝したりする必要はないかなと(笑)。私にとって母の日は、贈り物などをすることで母の存在を思い出すキッカケをつくってもらっている日かもしれません。私の母は元気に生きていますが、亡くなっても想い出すのかなぁ~とふと思いました。
さて、前回のコラムで、「身体を整えることで我慢しづらくなる」といった内容をお伝えしました。「とてもわかりやすい!」など、ありがたいご感想をいただきました。特に、このコラムで何度かお伝えしている「我慢と忍耐」の説明が好評でした。私自身もこの説明は好きです(笑)。
我慢強い人が、我慢を忍耐に変えていくことは、ごまかしていた自分の気持ちと向き合うことになるので、少し辛く感じる方もいますが、結果的に心身がとても健康になっています。もっといえば、健康というよりは、心身ともに楽に、自由度が高い生活ができるように変わったともいえます。
ただ、私たち日本人は、我慢することが美徳と言われています。確かに、自然に湧いてきた自分の欲求や感情を抑えてコントロールできる人が、「立派な大人」といった風潮がありますね。
では、私たちはどのような場面で我慢をすることが多いのでしょうか? それは、自分が信じている価値観に不都合な感情が湧いてきたときです。以前のコラムでお伝えしましたが、「~ねばならない」という完全主義的な価値観は、自分の経験で得たものでなく、他者の価値観である場合がほとんどです。私たちは子供の頃、親の価値観や社会通念・文化をそのまま無批判に取り入れてしまう傾向があります。
日本で多い価値観は、「人に迷惑をかけてはいけない」、「弱音を吐いてはいけません」、「1人で頑張りなさい」などですね。また、国によって違いますが「女(男)はこうあるべきだ」という価値観はありますね。このような価値観に従って社会的な役割を演じているときは、個人的な感情を伴わない領域にいられるので、とりあえず安全な自分でいることができます。
しかし、安全だからといって、役割や価値観にこだわり過ぎる状態を続けていると、自由を失って自身が苦しくなります。個人的な感情の多くは、絶対的価値観と信じていることに不都合なことばかりですので・・・・・・。
苦しく感じたときは、自分が成長するために、信じていた価値観や役割から卒業するチャンスです。自問して自分の気持ちに気づく方法、その勇気がなければ、自分が持っていた価値観に気づいて許可する方法を以前のコラムでお伝えしました。特に「私は人に迷惑をかけてもいい(かけなくてもいい、どっちでもいい)」と許可をする方法は、皆さまに好評でした。
ただ、なかなか許可できないという人がいました。全ての人に万能な方法はないですね。効果がない場合は、やり方を変えるのが一番。その人には違う方法をお伝えして実践したところ、1ヶ月ほどで自分を苦しめる価値観との付き合いが上手くできるようになったとのことです。今回はそのとき伝えた方法をここでシェアさせていただきます。
例えば、「時間は守らなければならない」という価値観を無条件に信じていると、自分が時間を守れなかったときは、激しく自分を責めたり落ち込んだり、守れなかった原因を他人の責任にしたりすると思います。また、その価値観に反する気持ちが湧いてきても、自分にはない感情として無視することにエネルギーを使って疲れます。 さらに、「~すべき」という価値観は、他人にも押し付ける傾向があります。他人が約束の時間に遅れた場合は、強い怒りを感じたりするものです。
そんな自分に気づけたときは、「私は時間を守れなくてもいい」と許可できればいいのですが、自分を苦しめている価値観を理解しても手放せないこともあるでしょう。そのときは、無条件に「~すべき」を「~したい」に言い換えてみるといいです。「時間を守るべき」を「時間を守りたい(といま感じている)」と。義務感を欲求に変えるのです。
さらに、「あなたは時間を守るべきだ」ではなく、「私はあなたに時間を守って欲しい(といま感じている) 」と私を主語にした表現に言い換えると精神的に楽になります。ご存知のように、私たちは天候同様、他人を変えることはできません。このできないことを頑張ると苦しくなります。さらに、自分で選択したにもかかわらず、他人の責任として物事を捉えることになるので、「あいつのせいだ!」とイライラすることになりかねないです。
また、このように苦しむ人は、できないことを頑張って、できることを「できない」と言う傾向があります。客観的に考えればできることなのに、できないと頑なに信じているのです。例えば、「会社を辞めることはできない」と。本当でしょうか? 私が知る限り、そんな会社はないです。これも言葉を変えると楽になれます。「できない」を「したくない」に言い換えるのです。「今はこの会社を辞めたくない」と。
極端な例えですと、私の身体能力では空を飛ぶことはできないですが、高層ビルの屋上から飛び降りることはできます。でも、そんな恐いことはしたくないです(笑)。さらに、「今はこの会社で働くことを私が選んでいる」という事実に気づくことができれば、大きな気持ちの変化をもたらすでしょう。自分の責任として物事を体験する習慣がつくと、自分も含め人を責めることが少なくなってきて精神的に自由になれます。
さらに、倫理的・道徳的に正しいことをしたという想いが強くなると、人は悪いことをすることが多くなると心理学では言われています。これはモラル・ライセンシング効果と呼ばれ、我慢の限界を超えると、「自分は正しいことをしたから許される」という言い訳を無意識に脳がするとのことです。自己評価が高まり、自分が良い人間になった錯覚をして、ハメを外した行動をとるのです。
これは日常に多くみられます。例えば、ダイエットをするたびに体重が増える人。ダイエット中に自分が正しいと信じている食事をしたと思うと、ちょっとくらい暴飲暴食をしてもいいかなと実行してしまう。また、時間にルーズな友達。仕事で時間をキッチリ守っているから、プライベートでは時間を守れなくてもいいかなと時間に遅れがちになる。自分が正しいことをしているという錯覚は危険です。人のせいにして葛藤や争いが生まれるだけでなく、自分の行動まで逸脱する可能性を高めるのです。
今この時代や地域で正しいと信じられていることはあっても、絶対的に正しいことはありません。「正しい」という意味付けは、私たちの脳が勝手に後付けしたものです(意味付けすること自体は人間の自然な行為です)。基本的には自ら選びたくて選んで、やりたくてやっているだけです。
我慢強くなると自分の気持ちに気づけなくなって不安な時間が多くなり、慢性的な心身症状として身体が教えてくれる場合が多いです。その不安の元でもある「~すべき」という義務的な思考をしていることに気づけたときは、客観的に自分の気持ちに向き合う、許可する、そして今回お伝えした言葉を言い換える、どの方法を使ってもいいと思います。
ただ、脳の性質として、急激な変化は嫌がります。今回の方法で、どうしても「できない」と言い張りたいときもあるかもしれません。そんなときは「したくない」と無理に自分を納得させようとしないで、「~できないと今は思いたい」といった感じでいいでしょう。「正しいことをするべき」という想いが強かった方は、焦らないで少しずつ取り組んでいけばいいと思います。脳にバレないようにコッソリと(笑)。
当整体院のプログラムは、多くの人が「できない」と感じにくいメニューになっています。ほとんどの人が簡単にできて、続けやすいことだと思います。また、脳や心理的な負担を少なくするように、徐々に改善していくプログラムを提供しています。
しかし、今の形を変えずに、頑なに続けていくつもりはありません。もっと改善していく必要もあると思います。また、時代の流れで社会心理は変わり続けますので、これで絶対OKというプログラムはありません。皆さまの応援を力に変えて、バランス力学整体院はご縁がある方の健康や生活のお役にたてるよう、引き続き進化していきたいと思っています。
『あなたがいつまでも元気でありますように・・・』
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました!
院長 山本浩一朗