2013年ばらんすだより
Vol.3 「『~しなければ』という囚われから解放する方法」
こんにちは! 池袋バランス力学整体院の山本浩一朗です。
春が近づいてきましたね。「春はセンバツから」その選抜高等学校野球大会に私の母校・関西高校(岡山)が出場します。何人かの方から「出場おめでとうございます!」という声をかけて頂きました。本当にありがとうございました。私がOBというだけだと思いますが、皆さま応援よろしくお願いします!
そして、春といえば花粉症。この季節になるとご案内していますが、当整体院では主にEFT療法を使って症状の改善を目指しています。今まで多くの花粉症の方が受けられましたが、驚くことに全員の症状が治まりました。また、お陰様で、私自身も3年前に重度の花粉症が、皆さまに続くように改善されました。花粉症を持っているけどEFT療法を受けてない方、もしくは受けたけどセルフケアの仕方を忘れてしまった方は、この時期に受けてみることをオススメします。
さて、前回のコラムですが、さらに高評価をいただきました。ありがとうございます。その中で、数人の方から『「~しなければ」という義務的な思考をやめるにはどうすればいいですか?』という質問を頂きました。ですので、今回も調子に乗ってお答えしたことをここでお伝えさせて頂きます。
前回お伝えした通り、「~しなければ」という義務的な考えの多くは、恐れの気持ちが基になって作られている場合がほとんどです。ただ、私たちには本来「あるべき姿」はありませんし、「すべき」ことなど何もありません。基本は「やりたいから、やる。」ただそれだけでいいと思います。しかし、その恐れを解消するために、自分をある役割に当てはめることで安心しようとするケースが多いです。例えば、学生から社会人になるときに環境の変化の恐れから「私は社会人」と役割を決めると、「社会人として~しなければ」と本人が常識だと考えている社会人像に自分を同一化しようとします。そうすることで、とりあえず安心できると無意識に思い込んでいるからです。すると、当然無理が出てきます。
しかし、前回もお伝えした通り、私たち人間は自分の思い込みを証明したい欲求が強いので、本来の自分を押し殺してでも、自分が思い込む役割から外れないようにします。そうすると我慢強い人になっていきます。以前もお伝えしましたが、体の調子が悪い人には我慢しすぎる傾向があります。我慢はもともと良い意味で使われている言葉ではありません。まず、我慢の語源。「我」は自分のこと。そして「慢」は思い上がり(驕り)の心。傲慢や高慢などと同義語です。ですから、我慢は「自分に執着することから起こる慢心」です。わかりやすく言えば、自意識過剰になって周りの人にどうみられるかに気を使いすぎて辛抱している状態です。その中で、日本人に多いのは「悪い人に思われたくない」という気持ちです。こういった思いを証明するためには、他の対象が必要になりますね。自分が悪くないことを証明しようとすれば、 どうしても悪い対象を作らなければ成り立ちません。自分を「善(善人、正しい)」、誰かもしくは何かを「悪(悪人、間違い)」といった感じに設定して、一時的な優越感で誤魔化そうとします。先程の例では、自分の社会人像に当てはまっていない人は悪い人だ、間違っていると不満を言って、何とか自分の世界での自らの立ち位置を悪くない方向へ持っていって、自分の恐れに抵抗しようとします。
この状態はまさに「我が強い状態」。もっといえば「エゴに囚われた状態」です。こうなると、どんな状態でもその役割に自分を同一化することが唯一の適切な対応だと考えてしまいます。「同一化した自分」を自分と勘違いして、本来の自分を受け容れることができずに、自己否定をしてネガティブになります。さらに自分が自身や他の人に及ぼす苦しみが見えなくなって、苦しみがあることを認められなくなります。ネガティブな気持ちを受け容れられないどころか感じられなくなります。自らの恐れに抵抗するから恐れがあり続けます。そうなると自分を正当化して「自分がこんな(ネガティブな)状態なのは〇〇のせいだ!」という状態になりやすいです。エゴへの囚われが強ければ強い人ほど、この傾向が強くなりますね。
このエゴの囚われから解放する方法があります。それは「気づくこと」です。自分のなかにネガティブな状態が生まれたときに、自分で自分の苦しみを作って苦しんでいる自分や、そのネガティブな状態に喜びを感じたりしている自分に気づくことができたら、その瞬間からエゴによって生まれた自分の不幸から解放されて自由になれます。
例えば、「私は母親」という役割に設定して、「母親として息子に苦労させないようにしなければ」と自ら考える母親像に自分を同一化している人がいたとしましょう。こうなると、息子さんが苦労している状態を許せなくなります。「苦労させないようにしている自分=善」「苦労している息子、息子を苦しめていると感じる状況=悪」と捉えて、息子さんや他人や状況を責めたり、苦労させないためにやらなくていいことまで自分で手を出したりします。そして「なんでこの子はダメなの」と苦しみが生まれてきます。でも、本人はいいことをしていると信じているので苦しいとはなかなか認められません。
しかし、これは母親自身が自分の役割を維持したいだけです。母親という役割を一旦脇に置いて客観的に考えれば、わかってくることがあると思います。自身の人生経験で苦労を乗り越えたときこそが成長できたときとわかっていると思います。つまり、自分の行為は「息子の成長の邪魔」をしていることに気づけると思います。さらに深く見ると、「私は母親」という役割を強迫的に演じるがゆえに、「息子はいつまでも子供(私の支配下)」という役割であって欲しいという強い想いがあることに気づけるでしょう。そして、そこには自立しない息子に喜びを感じている自分がいます。そんな自分に気づけば、自分がやっていることがバカバカしく感じたりして、力が抜けてエゴから解放されます。
では、気づくためにどうすればいいのか? 様々な方法があると思いますが、「~しなければ」の思考が出てきたら、まず呼吸に意識を向けることをお薦めします。未来に意識がいくと不安になりやすく、過去に意識がいくと後悔しやすいですが、呼吸に意識を向けるだけで今に意識がいきます。そして、自分に質問します。「私はいま何の役割を演じているのだろうか?」と。先程の例では「母親」ですね。気づけばその役割から離れることが出来ます。そして、「私はその役割で何をしたかったのだろう?」と質問すれば、「息子を自立させないこと」。これに気づいたら、そういった自分を責めないで素直に受け容れると、自分が無意識にこんな動機を抱いていたのか、さらにこんな状態に喜びを感じていのかと気づけて、自分で自分を縛りつけていた「~しなければ」から解放されます。何をしてきたかが分かれば、虚しさも感じて、無意識のパターンは自然に終わりを告げます。さらに、解放された状態で「私、本当は何がしたいの?」と自問すれば適切な答えが返ってくるでしょう。
池袋バランス力学整体院では、痛みを自分で作っていることに気づくことの大切さをお伝えさせて頂いています。そのためには、適切な質問をすることです(質問の仕方は個別にお伝えさせて頂いています)。役割に入り込んでいる時は気づけないのですが、自らに質問を投げることでほとんど答えが返って来ます。なぜなら本来の自分はわかっているからです。このように池袋バランス力学整体院では、皆さまのカラダの痛みを解放するにあたって、ちょっとした思い込みを解放するお手伝いもさせて頂いています。そうすることで、一人ひとりの成長や変容のキッカケになれればと思っています。そのせいか、当整体院に通院してから「自分に素直になれるようになった」という方が多くなり、その結果、「やりたいことが見つかった」「結婚できました」……などなど、たくさんの嬉しいご報告を頂いています。当整体院だけが原因ではないと思いますが、本当にありがたいことです。
もちろん、これは私の力ではありません。皆さまの力です。一般的に整体院などには気持ちよくなりたくて通う方が多いと言われています。しかし、池袋バランス力学整体院では自分の感情と向き合っていただくこともあるため、一時的に心地良くない気分になることもあると思います。「痛みがあることに安心していた自分」など、今まで自分にはないと思っていた自分の感情を観るわけですから……。ただそれに気づいて「自分はダメな人だ」と問題視すると我が強くなりますが、その瞬間に感じていることを素直に認めて受け容れている皆さまは素晴らしいです。整体師っぽくないと言われる私ですが、今後も「私は整体師」という役割に囚われないで、皆さまの健幸のお手伝いにベストを尽くしていきます。
思考や感情がエゴになるときの多くが、自分を何かに同一化したときです。やはり、私たちの基本は「私は私」です。今この瞬間に「自分が存在」するだけです。今後も、何もまとわない素肌の自分自身を感じる時間をお互い増やしていきましょう。
『あなたがいつまでも元気でありますように・・・』
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました!
院長 山本浩一朗